病気やけがで食事が思うようにとれないとき、医師や看護師からエンシュアや明治メイバランスのような栄養補助食品を勧められた経験がある方は多いのではないでしょうか。エンシュアや明治メイバランスは、必要なカロリー・タンパク質・ビタミン・ミネラルをバランスよく含むよう設計された製薬会社(エンシュアはAbbot社、メイバランスは明治製薬)が製造したものです。これらの製品の効果を示す研究の多くは、製造元である製薬会社自身が資金提供・関与しているものなので、すべての研究が偏っているとは言い切れませんが、「バランスが整っているから安心」という結論に飛びつく前に、少し立ち止まって考えてみる価値はありそうです。その「栄養バランス」という言葉の裏側に、実は見落とされがちな視点があるかもしれないのです。
実はは近年の栄養学の研究から、「同じ栄養素の数値を満たしていても、それをどんな形で摂取するかによって、体への影響が大きく変わりうる」ことが、次々と明らかになっています。ここでは、その代表的な研究をいくつかご紹介します。
今年2月、米国心臓病学会の学術誌『JACC』に、ハーバード大学の研究チームが約20万人の米国人を最長32年間追跡した大規模な研究を発表しました。この研究では、同じ「糖質制限」「脂質制限」を行っていても、選ぶ食品の質によって心臓病のリスクが大きく変わることが示されました。白米・白いパン・砂糖を多く含む加工食品などで構成された「質の低い」糖質制限・脂質制限食は、冠動脈疾患のリスク上昇と関連していました。一方、野菜・果物・全粒穀物(玄米や全粒粉など)・良質な油を中心とした「質の高い」バージョンでは、冠動脈疾患のリスクが大幅に低下。中性脂肪の減少、善玉(HDL)コレステロールの上昇、体内炎症の軽減も、詳細な代謝物分析(メタボロミクス解析)によって裏付けられました。つまり「糖質◯g、脂質◯g」という数字を満たすだけでは不十分で、「その数字をどんな食品から得ているか」こそが、心臓の健康を大きく左右していたのです。
また米国国立がん研究所とフィンランド政府による大規模試験(ATBC試験・CARET試験)は、「野菜など食品由来のβ-カロテンを多く摂る人ほど肺がんリスクが低い」という、それまでの疫学研究の関連を確かめようとしたものでした。ところが、β-カロテンを単離したサプリメントとして喫煙者に投与したところ、結果は正反対に。ATBC試験では肺がん発生率が18%、総死亡率が8%上昇。CARET試験では肺がんが28%、総死亡率が17%も上昇し、両試験とも安全性の懸念から途中で中止されています。食品として摂れば体に良いはずの栄養素が、単離して摂取すると、むしろ害になり得る。栄養学における、大きな教訓の一つです。似た現象は、カルシウムでも報告されています。ニュージーランド・オークランド大学の研究チームがBMJ誌に発表したメタ解析では、カルシウムサプリメント(1日500mg以上)を摂取した人は、摂取していない人に比べて心筋梗塞のリスクが約30%上昇していました。一方、食事からカルシウムを摂取している場合は、心血管疾患のリスクとの関連は見られませんでした。
この傾向は、錠剤としてまとめて栄養素を摂る「総合サプリメント」でも同様でした。大規模かつ独立した研究において、合成マルチビタミンや抗酸化サプリメントの組み合わせは、死亡率や心血管疾患への明確な予防効果を示せていません。それどころか、悪影響を示す結果すら報告されています。(注:スーパーやドラッグストアで販売されているもの)一方、スペインで行われたPREDIMED試験では、オリーブオイルやナッツを豊富に使った地中海式の「食事パターンそのもの」を実践したグループで、主要な心血管イベントが28〜31%も減少するという、非常に大きな効果が確認されました。「必要な栄養素の数値さえ満たしていれば、どんな形で摂取しても同じ効果が得られる」という考え方は、こうして並べてみると、科学的な裏付けが弱いことが分かります。
もちろん、嚥下(えんげ)機能が低下している方、ほぼ寝たきりで自分では調理ができず身近に作ってくれる人もいない方、治療の影響で免疫力が大きく低下し生ものの衛生面に注意が必要な方など、エンシュアや明治メイバランスのような製品が、今の生活を支える大切な選択肢になっている方もいらっしゃいます。そうした場合にまで「絶対にやめるべき」ということでは、決してありません。ですが、そうでない場合には、新鮮な野菜・果物・良質なタンパク質や脂質を、できるだけ「食品まるごと」の形で摂ることを、まず優先してみてはいかがでしょうか。噛むことが難しいときは、具だくさんのスムージーや、野菜・お肉・お魚をたっぷり使ったおじやなど、無理のない形を工夫しながら試してみる。それだけで、体への向き合い方が少し変わってくるかもしれません。栄養は、数字だけでは測れない。今回ご紹介した研究の数々は、そのことを静かに、しかし力強く物語っています。
参考文献
- https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2820369
- https://www.nih.gov/news-events/news-releases/healthy-adults-taking-multivitamins-daily-not-associated-lower-risk-death
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23162860/
- https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1200303
- https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5856841/
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17327526/
- https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6636175
- https://ajcn.nutrition.org/article/S0002-9165(22)04459-8/fulltext
- https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20155614/
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278691524006707
- https://www.jacc.org/doi/10.1016/j.jacc.2025.12.038
