
定期健診の後、医師に勧められて追加の検査を受けたら、保険料が上がってしまったと言う話を聞いたことはありますか?米国では、医療保険制度改革法(ACA)が本格的に施行された2014年より前は、個人で加入する医療保険の場合、検査で将来病気になるリスクが高いと分かると、実際にはその病気にならなくても保険料が上がったり、加入を断られたりすることがありました。現在、医療保険ではそうした扱いは禁止されていますが、生命保険・就業不能保険・介護保険では、検査結果を理由に保険料が上がったり加入を断られたりすることがあります。日本でも、生命保険や医療保険に加入するときは、健診で指摘された異常や再検査の有無を告知する必要があります。そのため、結果的に問題がなくても、条件付きの加入(特定の部位を保障の対象から外すなど)になることがあります。
「念のため」に受けた検査や、医師に勧められて追加で受けた検査で命が救われたという話はよく聞きます。しかしその反対に、追加の検査がきっかけで、体への負担や費用の負担などの被害が生じることもあるのです。
前立腺がんは、初期にはほとんど症状が出ず、排尿の異常や骨の痛みなどの症状が出るころには進行していることが多い病気です。そのため、血液検査でPSA(前立腺特異抗原)の値を測り、症状が出る前に見つけて治療すれば死亡を減らせる、という考え方でPSA検査が行われています。
しかし、PSAはがん以外の炎症や前立腺肥大でも上がるため、偽陽性(がんではないのに異常と判定されること)が多くなります。また、一生害にならない進行の遅いがんも多く見つかります(過剰診断)。次の段階の精密検査である生検には感染症のリスクがあり、およそ100人に1人が主に感染症で入院しています。さらに、手術や放射線治療を受けると、尿漏れや勃起障害が残ることもあります。
こうしたことから、米国の指針(USPSTF)は、55〜69歳は利益と害の説明を受けたうえで本人が受けるかどうかを決め、70歳以上には勧めないとしています。ところが実際には、毎年の健診の血液検査に、十分な説明がないままPSAが含まれていることも多く、これが問題視されています。本人は「受ける」と決めたつもりがないのに数値が出てしまい、そこから追加の検査が次々と続く「検査の連鎖」が始まってしまうのです。
肺がんのCT検診にも同じような面があります。米国国立がん研究所(NCI)が行った全米肺がん検診試験(NLST)では、喫煙量の多い55〜74歳(喫煙歴が「1日1箱×30年」に相当する量以上)で、肺がんの兆候や症状がない約5万3千人を対象に、年1回、計3回の検診を行いました。その結果、低線量CT検査の約4回に1回が「陽性」と判定されましたが、その96%以上はがんではありませんでした(偽陽性)。3年間で、約4割の人が少なくとも1回は「異常あり」と言われたことになります。
陽性と判定された人の精密検査の多くは追加のCT検査で、そのぶん放射線を浴びる回数が増えました。一部の人には、針生検、気管支鏡、胸を開く手術など、体を傷つける(侵襲的な)検査も行われ、呼吸不全・心不全、心筋梗塞、肺塞栓、臓器の損傷などの重大な合併症が起きた人もいました。がんではなかった陽性判定約1万7千件のうち、重大な合併症は12件(約0.1%)とまれでしたが、がんではなかったのに精密検査の後60日以内に亡くなった人が6人いました(検査が死亡の原因だったかどうかははっきりしていません)。
白内障手術は、ほとんどが点眼などの局所麻酔で行う、短時間で体への負担が少ない手術です。それでも、手術の前に心電図をとることを当たり前のように行っている医師や病院があります。しかし研究では、手術前に一律に検査をしても手術の安全性は上がらないことが分かっており、2002年以降、複数の専門学会のガイドラインで不要とされています。
それでも行われているのは、白内障の患者は高齢で持病のある人が多いため、「念入りに」調べるのが賢明だと考えられていた時代の習慣が残っているからです。また、医師個人の判断ではなく、施設の規則による場合もあります。手術センターが「高齢者は全員心電図」といった一律のルールを持っていると、医師はそれに従わざるをえません。
米国の高齢者約11万人を調べた研究では、手術前に心電図をとった人の約6人に1人が、その後3か月以内に心臓の追加検査、心臓専門医の受診、心臓の治療などを受けていました。PSA検査と同じように、一つの検査が「検査の連鎖」を生んでいるのです。
不要な検査を勧める医師や病院がある背景には、検査や処置を1回行うごとに報酬が支払われる「出来高払い(Fee-for-service)」という仕組みがある、と指摘する声も少なくありません。これは米国の医療費の支払いの基本的な形で、医師が心電図をとれば、その分の診療報酬が支払われます。検査をするほど収入が増えるため、必要性の低い検査を減らす動機が働きにくいと、昔から指摘されてきました(日本の外来診療も、基本的には出来高払いです)。
この問題への対策として導入されたのが、検査の数ではなく医療の質に報酬を払おうという「成果払い」(価値に基づく支払いの一つ)です。ところが今度は、推奨されている検診(マンモグラフィ、大腸がん検診など)の受診率が評価の対象になるため、患者一人ひとりの事情にかかわらず「全員に受けてもらう」方向の圧力が生まれる、という指摘も出ています。
このように、「念のため」と勧められた検査については、慎重に判断することが大切です。医療の報酬の仕組みでは、「その人にとって本当に必要な検査だったか」を数値で測るのは難しく、どうしても「とにかく受けてもらう」方向に偏りがちです。検査を勧められたら、「この検査で、今わかっていない何がわかるのか?」「結果によって、治療や行動の何が変わるのか?」と医師に尋ねてみるとよいでしょう。その答えがはっきりしない場合は、受ける意味は薄いと考えてよいと思います。
ただし、ここで取り上げたのは、主に症状のない人が受ける検査です。胸の痛みや体調の変化など気になる症状がある場合や、医師から特にリスクが高いと言われている場合は話が別です。また、大腸がん検診や子宮頸がん検診のように、効果がはっきり確かめられている検診もあります。自己判断で検査をやめるのではなく、利益と害の両方について医師とよく話し合ったうえで決めることをおすすめします。
参考文献:
- https://uspreventiveservicestaskforce.org/Home/GetFile/6/250/prostate-cancer-final-rec-statement-bulletin/PDF
- https://cdas.cancer.gov/publications/320/
- https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6547245
- https://escholarship.org/content/qt8rh7g231/qt8rh7g231.pdf
- https://www.nationalacademies.org/event/10-08-2012/docs/D14EFEDE258BE887EE38020926243C7CD9ED57A970BB?noSaveAs=1
- https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4593930/table/T1