
先進国に暮らす多くの人にとって、高血圧や高コレステロールの薬を飲むことは、もはや日常の一部になっています。まるで朝のビタミン剤を飲むような感覚で、「これが普通」と思っている方も多いのではないでしょうか。更に高血圧のお薬だけでなく、別の薬と併合している方も多いと言われています。
米国疾病予防管理センター(CDC)および米国国立衛生研究所(NIH)は、1日に5種類以上の薬を服用することを「多剤服用(ポリファーマシー)」と定義しています。
一方、日本ではより本質的な定義が採用されています。単純な薬の数ではなく、「薬の数が増えることで、副作用のリスク・飲み間違い・治療効果の低下などの問題につながっている状態」 を多剤服用と捉えています。つまり「何種類飲んでいるか」より、「その薬があなたにとって本当に必要か」が問われているのです。
複数の病気を抱えている場合、複数の薬が必要になることはあります。しかし、「薬が増えること自体にリスクがある」という視点は見落とされがちです。
良かれと思って飲んでいるその薬が、新たな不調を招き2種類、3種類と増えていくとという「薬の連鎖」を引き起こしているとしたらどうでしょうか?
なぜ薬はどんどん増えてしまうのか?「処方カスケード」の罠
薬が増える背景には、「処方カスケード」と呼ばれる連鎖があります。
患者も医師も、副作用は「数日〜数週間以内に現れるもの」と思いがちです。しかし実際には、数ヶ月後に副作用が現れることも珍しくありません。その頃には最初の薬との関係が見えにくくなっており、医師は目の前の症状を「新たな病気」として判断し、また別の薬を処方してしまうのです。例えば、高血圧の治療で使われるアムロジピンは、足のむくみを引き起こすことがあります。この場合、本来は薬の調整を検討すべきですが、むくみを抑えるために利尿剤が追加されることがあります。一見すると改善したように見えますが、利尿剤は頻尿を引き起こし、とくに高齢者では夜間の転倒リスクを高めてしまいます。また、痛み止め(ロキソニンなど)と一緒に胃薬が処方され、その後も胃薬だけが長期間継続されるケースもあります。胃薬の一部(PPI)は、長期使用によってマグネシウム低下や骨粗しょう症のリスクが指摘されています。
見落とされがちな「市販薬」のリスク
医師から「今飲んでいる薬はありますか?」と聞かれたとき、多くの方が「市販薬は薬じゃない」「そんなことまで言わなくていい」と思いがちです。しかし、組み合わせによっては重大なリスクを招くことがあります。
注意が必要な組み合わせの例:
| 市販薬 | 処方薬 | 起きうる危険 |
| 風邪薬(イブプロフェン・アスピリン含有) | ワーファリン(血液サラサラ薬) | 脳出血・消化管出血のリスク急上昇 |
| 市販の睡眠補助薬(抗ヒスタミン系) | 睡眠薬・抗不安薬 | 過度の眠気・転倒・呼吸抑制 |
| 市販の咳止め(デキストロメトルファン含有) | 抗うつ薬(SSRI) | セロトニン症候群(発熱・錯乱・筋肉硬直) |
「市販薬=安全」は誤解です。処方薬と組み合わさることで、思いもよらない副作用を引き起こすことがあります。
働き世代にもある「見えにくいリスク」
多剤服用は高齢者だけの問題ではありません。働き盛りの世代(30代~50代)には特有のリスクがあります。忙しさから受診が遅れやすく、「疲れ」「ストレス」と片づけてしまいがちなのがこの世代の特徴です。
30代男性に多いパターン
- 尿酸降下剤(フェブキソスタット)+ 降圧剤(アムロジピン)+ 抗うつ薬(パロキセチン)
痛風の薬と降圧剤の組み合わせは腎機能への負担を増し、抗うつ薬と降圧剤の組み合わせでは「立ちくらみ(起立性低血圧)」が起きやすくなります。
50代男女に多いパターン
- 降圧剤(ベータ遮断薬)+ 胃薬(PPI)+ 糖尿病薬(スルホニル尿素系など)
特に注意が必要なのが、ベータ遮断薬と糖尿病薬の組み合わせです。通常、血糖が下がりすぎると体は「動悸」や「手の震え」といった警告サインを出します。しかしベータ遮断薬はこの警告サインを遮断してしまうため、気づかないうちに危険な低血糖に陥り、突然の意識消失を引き起こすことがあります。
「主治医だから安全」とは限らない
最後に、身近な実例をお伝えしたいと思います。
来月82歳になる私の義母は、9年前に義父を亡くして以来、「もの忘れ」や「記憶の欠落」が目立つようになりました。30代から抗うつ薬(フルオキセチン)を服用しており、現在は甲状腺の薬も追加されています。
この1ヶ月で4回も転倒し、ついに救急病院を受診しました。検査では大きな異常は見つかりませんでしたが、病院の担当医が注目したのはフルオキセチンの投与量でした。主治医が処方していたのは80mg——FDAが承認する最大用量だったのです。
さらに義母は市販の睡眠薬も自己判断で飲んでいました。この組み合わせは、高齢者の「急性錯乱」やせん妄を引き起こす主な原因として医療現場でよく知られています。
「長年の主治医が処方しているから大丈夫」——そう思いたい気持ちはわかります。しかし主治医であっても、すべての薬の相互作用を完璧に把握しているとは限りません。患者側も自分の薬について知る姿勢が必要だと、義母の経験から強く感じました。
薬は必要なものですが、「増え続ける状態」をそのままにしておくのはリスクがあります。そのために大切なのは、① 服用している薬をすべて書き出して把握する(市販薬・サプリ含む)② 医師や薬剤師に①のリストを伝える ③ 違和感や副作用を放置しないといった基本的なことです。
薬は正しく使えば命を守るものです。しかし「なんとなく続けている薬」「誰かに言われたまま飲んでいる薬」が積み重なると、知らないうちにリスクが高まることがあります。新しい症状が出たとき、まず自問してみてください。 「これは、今飲んでいる薬が原因ではないか?」米国にはDrugs.com Interaction Checkerという薬の相互作用を確認できるツールもあるので、「受け身ではなく確認する姿勢」を持つことが重要です。
参考文献
- https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_26339.html
- https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10470155/
- https://www.theepochtimes.com/health/when-one-medication-turns-into-many-and-how-to-prevent-it-5998476?src_src=Health&src_cmp=health-2026-04-13&est=S%2F04kASJ2MMP02f4NGTg9c7rM17uoMEfU5xL6lfkVpRQn4bdTmMvv52fIFg%3D
- https://www.pharmacytimes.com/view/understanding-the-risks-of-polypharmacy
- https://www.scielosp.org/article/csp/2009.v25n10/2229-2236/
- https://www.bmj.com/content/353/bmj.i2139